【第十二話】スペインのクリスマス…そして、思いがけないハプニング

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その男はゆっくりと立って、
少しふらつきながら自分の方へと近寄って来た。

 

髪が長く少しだけ口ヒゲが伸びていて、
まるで、ホームレスのような風貌だ。

 

「あ、どうも。日本人の方ですか?」

とその男は訊いてきた。

 

「はい、そうです。」

と答えると、

 

男は、

「フラメンコを学びにスペインまでやって来たんですか?」

と訊いてきた。

 

「いや、そうじゃなくて…なぜスペインにやってきたかというと…」

と自分はいままでの経緯を全て話し始めた。

 

・日本人の知り合いは1人もいない。

・街でギターを弾きながら生活している。

・たまに、絵の個展を開いている。

 

そんな話までもした。

 

その話を男は無表情にジッと黙りながら聞いていた。

 

すると、いきなり

「あなたは普通の日本人とは違いますね。
普通はみんな誰かを頼ってスペインに来るもんなんです。」

と言ってきた。

 

男は続けた。

「私はフラメンコを学びにスペインに来たんです。周りもみんなそうです。
本当はソレアみたいなところにフラメンコはあるんですが、踊りやってる人達はまず来ない。」

 

不思議に思った自分は

「なぜ来ないんですか?」

と訊ねると、

 

男は、

「スタジオで先生に習うことで完結すると思っている。
というか…、それ以外の世界を知らない。」

と俯きながら言った。

 

一瞬、言われている意味がわからなかったが、
いまはもちろん理解ができる。

 

その男は周りから、どこか鬱陶しがられていたが、
なぜか一目置かれているようにも見えた。

 

男は、スペインにやって来て14年になると言っていた。

 

なのに住む場所がなく、

お金を一銭も持ってない。

しかもパスポートまでも持っていないという。

 

よくそれで生きてるな…と、
こんな状況の自分が思ったくらいだ。

 

不思議なのは、
そんな生活をしているのに警察に捕まらない…ということだ。

 

自分は、こんな感じで徐々に関心を持っていった。

 

それ以来、ソレアに行くと、
月に2,3回はその男と顔を合わすようになった。

 

そして、

 

会うたびに言葉を交わすように
なって行くとどんどん図々しさを出してきた。

 

そのうち、うちのピソまで付いて来るようになり、
部屋の中まで入って来るようになった。

 

そしてなんと、寝泊まりまで始めてしまったのだ。

 

これは、困ったな…

と本気で思ったが、

 

その男はそんなことはどこ吹く風で、
毎晩毎晩遅くまで興味深いフラメンコの話を語りまくっていた。

 

ソレアの経営者が馬を何頭も飼っているとか、
何故そんなことを知っているのか…と思うようなことも話していたが、

話の大半はフラメンコの話だった。

 

よく考えてみればスペインへ来てから、
初めてフラメンコをやってる日本人に出会ったわけだから、
フラメンコのことを日本語で話せる絶好のチャンスだ。

 

疑問に感じていたことをいろいろ聞いてみた。

 

その男からフラメンコには形式というものがある…だとか、
コンパスというものがある…だとかを教えてもらった。

 

フラメンコがアンダルシアのものだということさえも、
その時初めて教えてもらった。

 

教えてもらうと言っても、
ブレリアやソレアは12拍子だ…とか、
ファンダンゴはリズムがないが、
ゆっくりしたリズムが流れている…とか

その程度のことだ。

 

だが、そんな基本的なことを知っただけでも
興奮してしまうくらい当時の自分は無知だったのだ。

 

そんなことを一切何も知らずに
フラメンコを求めて毎日毎晩「ソレア」に通っていたのだ。

 

たまに、カンテの伴奏することがあったが、
自分は一体何を持って伴奏していたのか?

 

それを考えたら怖くなった。

 

そして、
それまでギターの保管の仕方とか考えたこともなかったが、
マドリッドはスペインの中でも乾燥しているから冬場はケースに
ジャガイモを入れた方がいいとか教えてくれた。

 

早速、ジャガイモを入れてみるが、
湿気過ぎてギターが鳴らなくなったのにはちょっと焦った。

 

その男は1週間ほど寝泊まりしたが、

結局、住人から臭いがヤバイからという
文句が出たので渋々出ていくことになった。

 

12月の寒い時期だったので、
大丈夫なのか心配にはなったがやむを得ない。

 

年末の12月に入っても当時のスペインでは日本ほど
クリスマスのイルミネーションがそこら中では見られなかった。

 

そんな理由で、
あまりクリスマスの時期の風景のことを覚えてないが、
路上で演奏している中ではこの時期しか味わえないような事が次々と起こる。

 

クリスマス時期になると、
必ず温かいコーヒーを配ってくれるグループがいる。

 

若い男女のグループなんだが、

毎日のように、

「ま、コーヒーでも飲んでくださいな!」

と言って、紙コップに入れて手渡してくれる。

 

初めてクリスマスの時期にこう言ったサービスを受けた時は衝撃だったが、
それも3回目になると段々厚かましくなってくる。

 

それともう一つ忘れてはいけないのが、クリスマスのお菓子「トゥロン」

トゥロンというのは、
きな粉がまぶしてあるズッシリと重さのあるお菓子なんだけど、
それをプレゼントしてくれるのだ。

 

これは何回貰っても心が温かくなった。

 

そして、うちのピソの住人達も、
毎年この時期になると少しずつ祖国に帰り始める。

 

12月22日からのクリスマスに合わせて、
一人帰って、また一人帰ってそれぞれの国で家族と過ごすのだ。

 

いつもはマドリッドに残っていた、
ドイツ人のリストまで今年はハンブルグに帰っていった。

 

同じピソに住むコロンビア人と結婚をしたからだ。

 

遂に、今年のクリスマスは誰も居なくなった。

 

ガランとした静かなピソの広さにも驚いたが、
シーンしていてどことなく不気味でもあった。

 

外からは若い男女の大声が聞こえてくる。

 

そんな中、ただ黙々と
自分は来年の個展に向けて制作をしていた。

 

すると、ピソの呼び鈴が鳴った。

「あれ?こんな時期に一体誰だろう?」

(もしかして、あの男かもしれない…)

と内心思った。

 

かなりしつこく鳴り続けるので、

インターホンを取って、

「誰ですか?」

と答えた。

 

すると、

「オラ!ラモンだよ!」

とまさかの声がした。

(あれ?クリスマスにラモンが来るなんて…)

 

と不思議に思いながら、扉を開けると…

 

階段を急いで駆け上がってくる音がした。

 

ラモンの両手には大きなビニール袋があった。

 

「フェリス・ナビダーーー!」

とラモンが大きな声で叫んだ。

 

こんな嬉しそうにはしゃいだ声を
クールなラモンから一度も聞いたことがない。

 

今日は何かが違う…と思った。

 

ラモンはビニール袋を開けて、

「見ろ!羊の肉を1キロ持って来たぞ!」

と得意げに言った。

(ラモンはお金を持っていないはずなのに…)

 

そんな衝撃のハプニングで一瞬固まってしまったが、

 

袋の中を覗くと、
小さく切り分けられた骨付きの羊の肉がパンパンに入っていた。

 

ラモンは、

「クリスマスの夜はこれを食べながら過ごすんだよ!今夜は一緒に飲み明かそう!」

と、もう一つの袋に入った赤ワインを手渡した。

 

孤独で過ごして居る自分と一緒にクリスマスを祝おうと
わざわざ家族を振り切ってここまでやって来てくれたのである。

 

その心遣いに言葉に出来ないくらいの嬉しさを感じた。

 

その夜は、お互いギターを弾いて歌って夜を明かした。

 

確か、赤ワインを6、7本空けた記憶がある。

 

そしてその後の数日間、
ラモンはそのままうちのピソで過ごした。

 

結局、年越しまで一緒にいたわけだが、
この間にスペインの風習の話や出て行った
自分の子供と奥さんの話をしてくれた。

 

大晦日(ノチェ・ビエハ)の夜中に、
時計が12時を指した瞬間に教会から鳴る鐘に
合わせて12粒のぶどうを食べることなどを教えてくれた。

 

こんな風に何日も過ごしていくうちに、
どんどん友情が深まっていくのをお互いが感じいてるのがわかった。

 

そして、

 

自分はラモンと一緒に何かを作りたい…
と強く思うようになっていった。

 

つづく

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