【第十話】フラメンコの道…そこで知った彼らの生き方

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ある日のこと、

住人のひとりである、ドイツ人のリストが

「こないだ、友達にフラメンコの店に連れて行ってもらったんだけど、すごく良かったよ。今夜一緒に行く?」

と言ってきた。

とにかく日本人と同じでドイツ人もフラメンコが好きだ。

しかも、このリストがトマティートのライブにも引き合わせてくれた恩人だ。

夜の22時頃に、リストと一緒に街へ出た。

今とは違って、その頃のマドリッドは平日でも夜中までかなり賑わっていた。

マジョール広場を突っ切って、
カバ・バハ通りに入ると、その店があった。

「ラ・ソレア」

という店だ。

まだ移転する前の小さな店で細い入り口を入ったら、
この店に来たアーティストの写真が両脇に飾られていた。

奥から誰かが歌っている大きな声が聞こえて来た。

奥には部屋があったが入れるような状態じゃない。

外まで人がズラリと並んでいるのだ。

「しばらく待ってると、中に入れると思うよ。」

とリストが言った。

確かに人の出入りは激しい。

観光客が殆どで少し見たら気がすむのだろう。

やがて、
自分達の番がやってきた。

奥には8畳くらいの正方形に近い部屋があった。

そして、真ん中には禿げたギタリストが座っている。

ギタリストの前には歌を歌っている少年がいた。

ギタリストはアルフォンソと言った。

少年はマティアスと言った。

そんな彼らを囲むようにして客は座っている。

帰る人がいると座っている場所を順に
移動して行くようなシステムになっているようだった。

その中で2人は、
一切観光客とは目を合わせずに歌とギターだけで楽しんでいるようだった。

当時の自分からするとアルフォンソのギターは神技に見えた。

まるで手品を次々と披露されているかのように
超絶技が繰り広げられ、目を皿のようにして見てもサッパリ分からなかった。

マティアスの歌が終わると、
今度は隣にいた褐色の男、カルロスが、

「アルフォンソ!モハマのファンダンゴを頼む!」

と言った。

アルフォンソが弾き始めると、
カルロスは観光客を意識してか、
まるで大カンタオールのように振る舞い始めた。

そんなカルロスを余所目に観光客達は話しをやめない。

プスーッ!プスーッ!

とうるさいぞ!と合図を送るカルロス。

そんなこと全く気にせずに弾き続けるアルフォンソ。

それを見ながら、

「ドイツではあんなのないよ!」

と言ってリストが笑った。

そんな風に次々と歌い手に対応して行くアルフォンソを見て
自分もあんな風に弾けるようになりたいな…と思った。

フラメンコに歌の伴奏という
ジャンルがあるというのもその時に初めて知った。

また、それ以上に、
こんな身近にフラメンコに触れられる店を教えてもらった喜びで心の中は満たされていた。

その日は、たった1時間程度しか居なかったが、
ある日を境に毎日のようにソレアに行くことになる。

そんなすごい店との出会いがあった事を
ラモンに伝えたくて、ある日電話をかけてウチに誘った。

ラモンは喜んでウチまでやってきた。

「なぁラモン!ソレアっていう店知ってる?」

とすぐに訊くと、

「当たり前やろ。カババハ通りにある店やろ?」

と答えた。

流石になんでもよく知ってる。

「あそこのギタリストがすごくて…」

と言いかけたら、

「あっ、アルフォンソな。よく知ってるよ!めっちゃ愛嬌のある奴や!」

とラモンが被せてきた。

(あ、アルフォンソのこと知ってるんだ…)

「ラモンとアルフォンソは知り合いなの?」

と訊くと、

「よく知ってるよアルフォンソとは。奴がソレアで弾き始めた頃によく遊んでたよ。」

と微笑みながらラモンは言った。

(ギタリストってみんな繋がってんのかな?)

なんて思ってると、

するとラモンは何かを察知したのか、

「ソレアって店はフラメンコ好きが集まる店で、
ある意味で練習場所のようなとこや。みんなソレアでフラメンコを覚えたんや。」

と言った。

なるほど…

練習場所なのか…

(フラメンコ好きはみんなあそこで学んでいたんだ!)

「ということは、俺でも学びに行ってもいいとこなの?」

と訊くと、

「ええに決まってるやんけ!」

とラモンは言った。

(やっとフラメンコに触れられる場所を見つけられた!)

と心の中で叫んだ。

そして、その日を境にソレアに通うこととなった。

通うと言っても、
週に2,3回とかではない。

自分にとって通うということは、
毎日毎晩通うということになるのである。

さて、それからというもの…
ピソから歩いて20分くらいのところに
「ソレア」はあったが、毎回なぜか半分走り気味で向かうので15分くらいで着いた。

ソレアの営業時間の中でも、
時間帯によって客層が全然変わる。

例えば、7時8時のような早い時間帯はとにかく観光客が多いが、
深夜12時を超えると地元の人達がだんだん現れ始める。

そして、午前1時を超えると、
タブラオでの仕事を終えた歌い手やギタリストが遊びに来たりするのだ。

事情を知るようになってからは、
真夜中の12時頃に行くようにした。

そんな風に毎日通っているうちに、
ソレアに出入りしている人間の顔を1ヶ月もすれば大体の人を覚えた。

やがて、ソレアも通りを挟んだ斜め向かい側に移転した。

移転先の店は前の店よりも随分と広くなり、
部屋が2つもあって、地下にも部屋があった。

地下はシークレットライブをやる時に使うらしかった。

毎日毎晩通うと、いろんな場面に出会った。

フラメンコギターの名手ビセンテ・アミーゴがやって来て周りの要望に応えて弾いたり、

モライート・チーコが何人かでやって来てフィエスタになったり、

そんな刺激的なこともあった。

そして時には、
アンダルシアから有名な歌い手が来て歌いまくることもあったが、
そんな時は、ソレアの経営者はアルフォンソを外して、アンダルシアのギタリストに伴奏をさせた。

なぜアルフォンソじゃダメなのか、
その時は意味がサッパリ分からなかった。

閉店時間は特に決まってなく、
人が居なくなったら閉めているようだった。

早い時で午前3時、そして遅い時は朝8時という時もあった。

スペイン人の性質というのを何となく理解が出来たのもここに通ったおかげだった。

アルフォンソとはほかに客がいない時はたまに話したりしたが、
常連客が来ると急に態度が変わって仲間に入れてくれないという状態が結構続いた。

(なんか変な感じだな…)

と思ったりもしたが、
とにかくフラメンコに触れたくて仕方がなかったので、気にせずにその場にいた。

そんな状態が長く続いたある日、

たまたまその日は午前2時頃まで10人くらいの人達が残っていた。

それぞれがカンテを歌ったり、
ギターを弾いたりしていたが、

初めてアルフォンソが

「お前、ギター弾くんだろ?弾いてみるか?」

と言ってきた。

(えっ、何を弾いたらいいかな?)

なにしろフラメンコギターを習ったこともないし、
どう弾いていいかも全くわからない。

と、そんな感じに若干焦っていると、

アルフォンソが、

「この子がティエントを歌うから伴奏やってみなよ!」

というので思い切ってやってみることにした。

(ティエントは何回か見聞きしたことがあるから出来るかも…)

と、記憶を辿ってイントロを弾き始めると…

「オレー!」

といきなり周りから声が掛かった。

(自分がギターを弾いて掛け声が掛かったのはこの日が初めてだ。)

そこからはもう夢中になって弾いた。

だから細かいことはほとんど覚えていない。

確か、最後はタンゴになったような記憶がある。

そして、演奏が終わると、

「ギター上手いな!伴奏も良かったぞ!」

と、周りから讃えられた。

アルフォンソも言った手前、ご満悦な顔をしていた。

その後も、誰かが歌ったり誰かが弾いたりが続いた。

なぜか今夜はそこにいるみんな和やかで楽しそうにしている。

その日はそんな日だった。

そして、それは朝7時まで続いたが、
誰からともなく店を出るような雰囲気となった。

朝の7時だというのに、
ちっとも疲れていないのが不思議なくらいの徹夜だった。

周りのみんなも全然疲れてないように見える。

外に出ると、だんだんと夜が白けはじめていた。

しばらく、その場で話していると
どこに行くのかアテもないままにみんなで歩きはじめた。

なぜかその中に自分がいる。

なんとも言えない気分だった。

しばらく歩いていると、
道の角に、開店したばかりのバルが見えた。

誰も何も言わなかったが、
申し合わせたかのようにみんなはそこへゾロゾロと入っていった。

店の中には、2人ほどの先客がいたが、
我々は気にせず酒を飲みながら、またフラメンコをはじめた。

もちろん、今度はギターは無しで…だ。

パルマとヌディージョでカンテを伴奏するような感じではじまった。

小一時間ほど遊んだ後、
ついにみんな帰る気になったようだった。

驚いたことに、
この中にこのまま仕事に行くという人が2人も居た。

しかも、なんとその2人は医者と弁護士だった。

驚いているのは自分だけで、それにも驚いたのだが、
その後にもっと驚いたことが起こった。

なんとアルフォンソが、

「ここは俺が全部奢るよ!」

と言ったのだ。

こんなことは初めてだ。

その瞬間みんなが幸せな顔になったが、
その中に自分もいる。

ソレアに通って半年が経っていた。

相変わらず、
フラメンコのコンパス(リズム)のことはほとんどわかっていなかったが、
気がついてみると、こんな感じに徐々にコミュニティーに入っていった。

コミュニティーの中に入ると、
いろんな面白い経験が出来た。

ソレアに初めて行った日、
カルロスという褐色の男がいたが、
そのカルロスとよく一緒にいたミゲレーテという口髭を生やした褐色の男がいた。

カルロスは相変わらず、
フアニート・モハマのファンダンゴを歌っていたが、
このミゲレーテはいつもアルカラのソレアを歌っていた。

いつもキンキラキンのジャケットにエナメルのピカピカの靴を
履いて、まるでチンピラのようにソレアにやって来るので、
どこか近寄り難い雰囲気があったがたまに話す関係ではあった。

そんなある日のこと、

ミゲレーテが、

「なぁ、今度の日曜空いてるか?」

と話しかけて来た。

自分「もちろん空いてるよ。」

と答えると、

「手伝って欲しい仕事があるんや。ちゃんとギャラは払うで。」

と言って来た。

(仕事ってなんかな?ギャラくれるって…マジで?)

と内心不思議に思ったが、

「オッケー!手伝いに行くよ!」

と答えて約束した。

場所はラバピエスの地下鉄出口…
時間は朝の7時頃だった。

そして、約束の日…

ラバピエスまでピソから歩いても
20分くらいなので地下鉄に乗らずに歩いて行くことにした。

到着すると、
目立つところに白いボロボロになったバンが停まっていた。

(あれ?もう着いてるのかな…)

と回り込んでみると、

車の横でミゲレーテはタバコをふかしていた。

(ソレアで会う時の、あのピカピカな出で立ちとは真逆の作業着を着ている…)

「オラ!」

と声掛けると、

「おっ、着いたか!車に乗って!よっしゃ行くで~」

とご機嫌で言った。

この時点ではまだ何をするかわかってない。

目的地には、ほんの2,3分で着いた。

まずは荷物を降ろすところから始めようとトランクを開けると、

そこには

ズラーーーっと、

ダンボールに入った靴があった。

(あっ、これを売るのか…)

やっと意味がわかった。

今日はラストロ(蚤の市)の日だ。

(そのための手伝いに来ていたんだ…)

一切説明をしないミゲレーテのやり方を見ながら、
テントを設営して、テーブルを用意して、そして靴を並べた。

周りの商人達も続々と用意し始めていた。

馴染みのある人達なのか、
ミゲレーテとその商人達は言葉を交わしている。

徐々に客が増えて来て、
午前10時を過ぎると歩くのが困難なくらいに賑わって来た。

賑わってはいるのだが、
ミゲレーテの靴屋には人がやってこない。

顔が強面だからなのか…

わからないがイマイチ集まりが悪い。

そんな中、初老の夫婦がやってきた。

奥さんの方が興味あるっぽい。

旦那と小声で相談しながら、
靴を持ってじっくり見ていた。

そして、

「この靴はいくらなの?」

と奥さんが言った。

すると、ミゲレーテはムスッとした顔で、

「8000ペセタ」

と言った。

(えっ、そんなに高いのか…)

と内心思ったが、

奥さんは再び、旦那と小声で相談し、

「他も見てから決めるわ。」

と言って立ち去っていった。

(せっかくのチャンスだったのに…)

自分はそれを見ていてめちゃくちゃ残念な気分になったが、
ミゲレーテは顔色ひとつ変えずに隣の商人と話していた。

(慣れてるんだな…)

それから数時間後、
再びチャンスがやってきた。

同じく初老の夫婦が、
今度は2人で興味を持って見ていた。

2人はかなり熱心に見ていて、
奥さんの方がお気に入りの靴をその中から見つけた。

よく見ると、先程の奥さんと同じ靴だ。

「ねぇ、この靴はいくら?」

と奥さんが訊くと、

ミゲレーテはその言い方が気に入らなかったのか、

「20000ペセタや」

と答えた。

(えっ、マジで…さっき8000ペセタって言ってたはず。)

奥さんは、

「いくらなんでも高すぎない?ちょっと負けてよ。いくらになる?」

と、ちょっとムッとしながら言うと、

ミゲレーテは、

「ほな25000ペセタや」

とさらに吹っ掛けて来た。

奥さんは怒って、

「こんなのいらないわよ!」

と言って去っていった。

(おい、ミゲレーテ…むちゃくちゃやで…)

と思ったが、ミゲレーテはどこ吹く風。

結局、一足も靴は売れずに1日は終了した。

テントを撤収し、靴が入ったダンボールとテーブルを車に積み込んだ。

すると、ミゲレーテ

「今日は本当にありがとうな!今日のギャラや!」

といって2000ペセタを手渡してくれた。

「えっ、売れへんかったから、お金もらうのは悪いよ。」

と言うと、

ミゲレーテは、

「いや、それはこっちの事情や。また頼むわ。ほんまありがとう!」

と言ってアッサリと車に乗って走り去って行った。

そんなラストロの一日が終わったのだ。

確かに吹っかけようとはしているが、
彼らは完全に遊びながら商売をしている。

商売も遊びのうち。

そんじょそこらのことでは全く深刻にならない
そんな彼らの生き方にどんどん興味を惹かれて行った。

つづく

【第十一話】ひとつの生き方…魔法の力を持った民族

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