【第四話】トマティートの衝撃…そしてフラメンコギターの道へ

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スペインの街をふらふら歩いていると、
あちらこちらで見かけるものがある。

ストリートミュージシャンや路上芸人だ。

路上芸人の中には、
体にサーベルを突き刺したり、中には口から火を噴く者もいた。

さすがに、そんなことは自分には出来ないし
やれても実際は怖いからやりたいくはない。

そんな中、一人のギターを弾いてるおじいさんがいた。

手は動かしているのだが、
不思議なことに音が背後から流れて来ていている。

どう見てもそのおじいさんがギターを弾いてる感じがしないのだ。

後ろに回ってみると、
やはりラジカセが置いてあった。

ふと、おじいさんの方に目を向けると

そんなこと物ともしていない態度だ。

気になったので、
おじいさんの目の前に置いてあるギターケースを見てみた。

信じられないことにそのケースの中には
大小含めた何枚かの硬貨が入っている。

これって本当かな?

ちょっとの間、観察することにした。

 

しばらくすると、

通りがかったおばあさんがピタッと立ち止まり、
手提げ袋に手を突っ込んでゴソゴソし始めた。

ん?

もしや…

ドン!

ギターケースに小銭を投げ入れたのである。

(あの小銭は本当だったんだ!)

そう思うといてもたってもいられなくなった。

ほとんど弾いてもいないのに
目の前でお金が入ったのである。

こんな生き方もあるんだな…

と衝撃を受けながら、さらに街を徘徊した。

マドリッドには「グランビア大通り」という目ぬき通りがあり、
そこをひたすら「アルカラ通り」に向かって歩いた。

スペイン銀行に差し掛かって来たので、
向かいのマクドナルド方面に渡ろうと地下トンネルに入った。

すると、中からギターの音色が聞こえてきた。

誰が弾いてるんだろう?

と駆け寄ってみると、

長い髭を生やしたガリガリの男性がエレキギターを弾いていた。

(この人はちゃんと弾いているな…)

しばらくの間、観察をしているとばったり目が合った。

「オラ!」

すぐに挨拶するのがスペインのいいところだ。

挨拶を交わしたのが
きっかけでそこからいろいろ話し始めた。

男性の名前は「ナチョ」

「ナチョ」とは「イグナシオ」の愛称だ。

ナチョに自分が日本人であることを告げると、
日本文化が好きなことをナチョは話し始めた。

とにかく、日本食が好きらしい。

「寿司」「刺身」「天ぷら」「カツ丼」
「カレー」「みそ汁」「ラーメン」

嬉しそうに知ってる名前を全て並べ始めた。

マドリッドの日本レストランにもよく通っていたらしい。

その中には、自分が働いていた「あの店」
は入っていなかった。

なぜか少し安心した。

そんな流れの中、

路上での演奏について、
何年やってるのか?どうして始めたのか?

などを質問した。

ナチョは全て快く話してくれた。

そして、自分のいま置かれている状況を話すと、
スペインはアルテ(芸術、芸能)を持っていたら
必ず生きていける国だと教えてくれた。

なんか気分がスッキリした1日だ。

再び、希望の光が見えてきた。

それにしても、路上芸人やストリートミュージシャンは

路上の収入だけで果たして生きてるんだろうか?

そんな疑問を持っていたある日のこと、

ピソの住人であるドイツ人のリストが

「今夜、入場無料のコンサートがあるよ!」
「トマティートというフラメンコギタリストが演奏するらしい。」

と言ってきた。

う〜ん、なんか気になるな…

今夜は特にやることはない。
入場も無料だし行ってみようかなと思いたった。

これが「運命の1日」になるとは、
この時点では夢にも思っていなかった。

場所は「プラサ・デ・ラス・ビスティージャス」

そこには行ったことはなかったが、
マドリッドの街にはもうすっかり慣れている。

地下鉄を乗り継いですぐに会場へと向かった。

時刻は17時…

どうせなら一番前で見たいということで、
20時開演だというのにかなり早めに出たわけだ。

18時に到着。

大きい舞台が設置されてあったが、
椅子はひとつも用意はされていない。

そんな空虚感が漂う舞台の前に、
まるで動物園にあるような鉄で出来た大きな柵があるだけだ。

当然、会場には自分以外の誰一人もいない。

まるでサッカーが出来るぐらいの大きなグラウンドに
目の前には大きな舞台があるちょっと不気味な感のする…

そんな会場でしばらく待つことにした。

しかし、一向に人が集まってくる気配がない。

まだ夕方になると肌寒い…

今のうちにトイレに行っておこうと
一旦、会場から出た。

思いのほか遠くて焦ったがなんとか見つかった。

しかし、こんな大きなイベントがあるというのに
会場の外にも人がいないというのは不思議だなぁと歩いていたら、

向こうからカップルがやってきた。

こんなところに日本人が歩いているのが
不思議に思ったのか向こうから話しかけてきた。

男性は190cmはありそうな長身で、名前は「マウロ」と言った

女性は小柄で可愛らしく、名前は「ベアトリス」と言った

マウロはイギリス人で、
母国にお母さんをひとり置いて、今はマドリッドに住んでいると言った。

マウロという名前はスペイン語読みしているんだと言っていた。

「オラ!いったいこんな所で何をしてるの?」

とマウロが話しかけて来た。

すかさず、

「今夜ここでトマティートというフラメンコギタリストが演奏するから来たんだよ。」

と答えると

なにやら2人はごそごそ話し合い…

「面白そうだから僕たちも行くよ!一緒に行っていいかい?」

と言ってきた。

「もちろん!」

と答え、語り合いながら会場へと向かった。

ところがもう19時半を過ぎてるのに、
トマティートはおろか、観客もまだ誰一人としていない。

「あれ、まだ誰もいないのか…」

とポツリといったら

「ここを何処だと思ってるんだい?ここはスペインだよ!」

と大笑いながら2人は答えた。

(ま、そりゃそうだな…)

そして、再びお互いの母国の話題で熱く盛り上がった。

しばらくすると、ようやく人が集まってきた。

時刻は20時を少し過ぎている。

周りを見回してトマティートを探したが、
まだここにはいないようだ…
(そもそもトマティートの顔を知らないのだが…)

まぁスペインだからなぁ~と舞台の袖に目をやると

おっ、

遂に、トマティートの姿が見えた。

その瞬間、

わぁー!

と会場から歓声が沸き起こった。

先ほども言ったが夕方になるとまだ肌寒く
トマティートは真っ黒なタートルネックのセーターを着て出てきた。

クルクルの髪の毛がいかにも「ヒターノ」の象徴のようにもみえた。

会場の観客が舞台の上にある椅子に釘付けとなった。

衝撃の演奏開始!

まず、一番最初に出す

「音」…

これがなんといっても胸がときめく瞬間だ。

その瞬間を逃さないぞとばかりに
会場全体が固唾を吞んで見守った。

今思い返すと、一曲目は「ミネーラ」だった。

躊躇なく、そして潔くトマティートはギターを弾きはじめた。

硬質で独特な響きが夜空に浸透し始めると、
会場全体がひとつの音楽に向かって溶け込んでいくのがわかった。

感極まった観客の一人が叫んだ。

「トマテー!」

すると次々に大声で叫び始めた。

「オレー!ホセー!カッターニャー!」

この掛け声によって次の深みの世界へとゆっくり流れ込んだ。

徐々に会場が一体になっていくのが感じられる。

音楽によって何かが満たされていく…そんな感覚だ。

この大切な時間を、いまここにいる人達の全てが同じように感じている。

こんな経験はこれまでにしたことがない。

まるで異空間へ連れられているようだ。

気がつけば
会場のあちらこちらに次々と美しい花が咲き始めていた。

先ほど待っていた会場とここは本当に同じ世界なのか?

あのグラウンドが一瞬にして様変わりするという
まるで魔法のような異次元ファンタジーのような体験をした。

それにしても、なんという華やかなコンサートだ。

息をするのも忘れるうちに一曲目が終わった。

トマティートの演奏に酔いしれた観客が
次々に舞台に向かって話しかける。

「トマテ、良かったよ!」

「今度はブレリアを頼むよ」

トマティートは若干シャイなのか、
モゴモゴと恥ずかしそうに答えていた。

それを見て会場は一気に和やかなムードになった。

日本ではこんな場面を見たことない。

続いて「アレグリアス」

トマティートのタパ(消音)から始まった。

それに続いてパルマが入って来た。

今思い返せば、
ポティートとホセリート・フェルナンデスがパルマを叩いていた。

どこまでも澄み切った音が夜空に響き渡る。

ん?

それにしてもなんなんだ、この音色は?

まるで時空がいろんな形に変化していくような感じがする。

ただ手を叩いているだけなのに…
パルマ自体が言葉を発してるかのように聞こえる。

そんなパルマの凄さに圧倒された。

時にはバホに変わり、
そしてまた高音が高く響き渡る。

「オレー!トマテ!」

会場が一気に湧く!

何しろ舞台も観客もみんなが力強い。

舞台の上から自由自在に会場全体を巻き込んでいく
演者に負けじと、観客はそれに力強く答えていく…

益々一体感は増して行った。

まるで白波を立てて押し寄せてくる
大きな波の中へ引き連れて行かれるような感覚になっていた。

こんな体験はしたことがない。

続いて「ブレリア」が始まった

今度はなにやら今までに聞いたことがない
不思議で魅力的な音色が聞こえてきた。

ん?

舞台全体を見回すと、
それがどれなのかすぐにわかった

さきほどパルマを叩いてたホセリートが
座っている四角い箱からその音は出ていたのだ。

カホンだ!

深い低音、乾いた高温に加えて
まるでヒターノの声を連想させるようなひび割れたニュアンスを感じる、

これがカホンとの初めての出会い。

すごい楽器があるものだと感心していると…

いきなりポティートが歌い始めた。

生まれて初めて聞くカンテだ。

一瞬にしてテンポのいい
リズム感と独特の旋律が空中を駆け巡り、

太くしわがれた声とどこか
アラブを連想させるフレーズが夜空に漂った。

何を言ってるか全くわからないのに、ポティートから
出て来る遠近感溢れるアクセントにゾクゾクと鳥肌がたった。

「オレー!」

一気に観客に火がついた。

今度はカホンに座っていたホセリートが
おもむろに立ち上がった。

ポティートのカンテを、
ややうつむき加減にじっと聴きながら前に出て来ると、
今度は急に両手を広げてステップを踏み始めた。

この瞬間にボルテージは最高潮!

「オレー!」

と観客が絶叫したのと同時に
舞台上のトマティートを含めた全員が満面の笑みになってた。

もちろん観ている観客も同じだ。

会場全体が完全に一体になった瞬間だ。

自分にとって、これが初めて見るフラメンコなわけで
一体なにが起こってるやら全く理解はできていない。

ただ、

(この中に入りたい)

(この意味をわかりたい)

(これがやりたい)

と心の中では感情がどんどん沸き起こってきた。

この時、
自分の人生の何かが
動き始めたのを薄々は感じていた。

 

世の中には言葉では表現しきれないものが多くて困る。

説明しようにも

「フラメンコギターすごい!」
「トマティートすごい!」

と、とにかくビリビリと全身が痺れまくったわけだが、
こんな当たり前の表現しか出てこない。

このトマティートの野外コンサートで、
自分は音楽の真の素晴らしさを伝えてもらった。

フラメンコというスペインの中でも
アンダルシア地方の片田舎の民族音楽を通じて、

日本人の自分はその日そこにいた全ての人と
人生の中で忘れられない時間を共有したのだ。

《フラメンコギターを弾いてみたい…》

いってみれば当然の流れだ。

【これをやらなかったら絶対に人生一生後悔する。】

フラメンコギターとの運命的な出会いを果たした瞬間だった。

その日の出来事が自分の今の活動の原点になっている

そして、今はその素晴らしさを人に伝えたいと思う。

つづく

【第五話】フラメンコギター独学の真相と決心

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