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毎日、目まぐるしい日々を過ごして、
早くもスペイン生活も一年が経過しようとしていた。
あの一件を経験してからというもの、
とにかく路上の人の動きをよく観察するようになった。
そして、毎日観察していると、
ほぼ毎日同一人物の往来に気がつくようになった。
スリ、麻薬密売人など
いわゆる街で生きている人達だ。
そんなある日のこと、
グランビア通りにあるカジャオ駅の出口付近で
猫や犬をカラダ中に乗せたピエロがいた。
犬はまだしも、猫が逃げずに
肩や肘の上に乗ってるのは信じられない光景だった。
いつも猫や犬は寒そうに震えていた。
冬でもないのにである。
観光客達はそんなピエロの見事な姿に感銘を受けて集まっていた。
自分はその日、ピエロの横で弾くことにした。
ピエロにお金が投げ込まれるほどではなかったが、自分も多少の恩恵を受けていた。
確か、20人ほど観光客は集まっていたと思うが、
その中の2人が明らかに変な動きをしていた。
よく見ると、
その2人組は老夫婦のバッグの中に、
まさに手を入れようとしていた。
自分はとっさに叫んだ!
「危ないぞ!スリだ!」
すると、その2人組はこっちを恨めしそうに睨みつけながら走って逃げていった。
お驚いたことに、
そんなことがあったにもかかわらず、
老夫婦は全く気がついていなかったのだ。
内心、
(あの老夫婦はここで助かったけど、また違うところで絶対に襲われるな…)
と思った。
こっちは必死に人助けをしたつもりだったが、まるで拍子抜けだった。
そして翌日、
再び、同じ場所で演奏することにした。
今日はピエロはいない。
そして、どういうわけか観光客も少なかった。
ちょっと張り合いはなかったが、
気にせずに弾き始めた。
すると、それを見ていたかのように
急に誰かがこちらに近寄ってきた。
昨日の2人組だ。
(あ、ヤバい)
と咄嗟に身構えたが、
向こうは何かをする感じではなく、
普通に話しかけてきた。
「お前は路上でギターを弾いて生活してるんだろ?
俺も路上で生活をしてるんだ。
やってること結局は同じだろ?
同じ路上で生活するもの同士、尊重し合おう!」
と言ってきた。
衝撃だった。
言ってることは完全におかしいのだが、
何故かよく理解が出来た。
頭の中に昨日の老夫婦のことがよぎった。
確かにそうだな…
取られる方も悪い。
日本で教えられて来たこととは
真逆の考え方だ。
そんな出来事があると
さらにいろんなことが見えてくる。
住んでいるピソの近くに、
「パレンティーノ」
という、伝統的なマドリッドのバルがあった。
(今でも営業してて、こないだ行った時に店の人が覚えてくれていた。)
自分も住人達も、
そこが本当に好きでよく行った。
だが、人を観察するようになると、
そんなところにも、街でスリとして生活してる者や麻薬密売人が
みんなに混じってビールを飲んでいたりするのである。
向こうもこっちも言葉こそ交わさないが、
お互いのことはよく知っている。
そんな風に街の中にはいろんな顔があることを知って行くに連れ、
周りも自分のことをその一員のように見るようになっていった。
(ここでは語り尽くせないほどの街での逸話はある。)
話を戻すが、
その後、犬や猫を肩に乗せたピエロの話をラモンにした。
街のことをなんでも知っているラモンは、
こう言った。
「あのピエロは、犬と猫に注射を打って麻薬中毒にさせてるんだよ。
だから、逃げないんじゃなくて、動けなくなってるだけなんだ。」
また衝撃を受けた。
そして、その話を聞いて、ピンと来た。
「だから、震えていたんだ。
犬や猫が1週間ごとに変わる意味もわかったよ…」
とラモンに言うと、
「そう、あの小さい体に麻薬を打ち込むわけだから、
1週間くらいしか命が持たないんだよ。本当に可哀想だよ…」
と言った。
このことに関しては理解出来ないどころか、
許せない気持ちが湧き起こった。
翌日、
相変わらず、絵の制作も続けていたが、
最近は版画ばかりに熱中していた。
たまには油画も描こうかなと思い立ったが、
画材が足りないことに気づいた。
時計を見ると、まだ昼の13時過ぎだった。
(まだ間に合うな…)
スペインは昼休みというものがあるので、
14時頃に行っても開いてないことがあるのだ。
大急ぎでフエンカラル通りへ…
「ヘコ」
へ向かった。
店主のおばさんは相変わらず明るく迎えてくれた。
「オラ!元気にしてたかい?今日も絵具を買いに来たんだろ?」
と言った。
「そうだよ、また傷物の絵具があったら欲しいんだよ。」
と言うと、
奥から引っ張り出して来てくれた。
今回はかなり質のいい絵具がある。
興奮を押さえられずに、
貪るように探していると、
店主のおばさんが言った。
「あ、そうそう!今度の日曜日にうち主催のコンクールをやるよ。」
(ん…3日後か…)
と興味ある顔で見ると、
「私の生まれ故郷の村で開催するんだけど、3位まで入れれば賞金も出るよ!」
と言った。
申し込み用紙を貰うと、
いろいろ詳細が書いてあった。
その中には、
・優勝400000ペセタ
・準優勝200000ペセタ
・3位100000ペセタ
・条件は、
号数は問わないが、
キャンバスに描くこと。
村の風景を描くこと。
・参加料金はなし
と書いてあった。
(キャンバスを買わないといけないのか…)
内心思った。
キャンバスは高いのだ。
普段は余ってる板に絵を描いているので、
キャンバスは自分にとって贅沢なものだった。
だけど、優勝したら数ヶ月生きて行ける金額を得ることになる。
頭の中に何かが駆け巡った。
それは優勝している自分の姿だった。
もう何も迷うことはない。
おばさんに参加を表明し、
キャンバスを買った。
キャンバスは15号の大きくないものを選んだ。
車がないので、
電車を乗り継いで行くしか手段はなく、
手で持ち運べる大きさを選んだわけだ。
コンクールは3日後…
(それにしても、本当にタイミングよくこの店に来たな…)
と、どこかで
運命を感じた。
そして、
3日後、
ついにコンクールの日がやって来た。
普段乗り慣れない、
セルカニアスに乗るためにコロン広場まで向かった。
コロン広場はマドリッドの中でも特に危険な場所ではあるが、
もはやその辺りの事情もよく知っていた。
電車に乗って約1時間…。
目的地に到着した。
駅の前に一軒のバルがあるだけで、
周りには少し家があって、それ以外には本当に何にもない。
駅員もいない無人の駅だ。
向かう場所がどこなのかさっぱりわからないので、
仕方なくバルの人に聞くことにした。
バルの人は、目的地までここから歩くいて行けないと言った。
バスに乗っても30分掛かるという。
(手持ちのお金がほとんどないな…)
まぁ、帰りの電車分くらい残しておいたらいいか。
と、帰りは歩きを覚悟して、
バスに乗って向かった。
さて、到着したのだが…
バスで来てもその村の場所がわからない。
かなり大きい道はあるが、
車の往来もなく周りはどこまでも見渡せるような景色が広がる。
本当に着けるのか…と少し不安になってきた。
スペインではこんなことはよくあるからだ。
とりあえず、あてもなく歩き始めた。
すると、
向かい側に自転車が見えた。
かなりのスピードで走っていたが、
道を渡って必死で手を挙げて止まってもらった。
ヘルメットを被った男性はサングラスを外して、
「どうしたの?」
と聞いてきた。
はぁはぁ言いながら自分は
「この村に行きたいんです。」
と申し込み用紙を見せると、
男性は指をさして、
「あっちの方だよ。20分くらい歩くけど、
とにかくあそこの大きい木を目指して歩いたら見つかるよ。」
とニコッと笑顔で応えてくれた。
お礼を言うと、男性は颯爽と去っていった。
(なんて辺ぴなところなんだ…)
と内心思いながら熱い最中歩き始めた。
男性の教えてくれた通り、
本当に小さな村が見えて来た。
その村の道は全て土の道で、
今にも崩れそうな家が並んでいた。
(ここがあのおばさんの生まれた村か…)
と思った瞬間、
突然、声がした。
「オラ!無事に来れて良かったよ!」
画材屋のおばさんが笑顔で立っていた。
周りを見ると、
コンクールに出場する絵描き達がキャンバスを組み立てていた。
ザッと見ただけでも100人くらい集まっている。
当然、みんなはここまで車でやって来ていた。
そして、キャンバスも30号から50号くらいの大きいものを用意している。
それを見た瞬間、
(あ、負けたな…まさかあんなに大きいキャンバスを持って来てるなんて…)
と思った。
キャンバスの大きさが全然違いすぎる…と言うのは完全に不利なことだ。
とっさにポケットの中にある小銭を数え始めた。
予想通り、所持金は帰りの電車代を除けば、
手元にあるのは100ペセタだけだった。
(これはヤバいな…)
今日は帰るまで何も食べられない。
と不安になっていると、
「期待しているよ!頑張ってね!」
とおばさんはそんな自分に対して声をかけた。
う〜ん、とりあえず、
なんか方法はないか?
としばらく考えるといい事を思いついた。
みんなより自分はキャンバスが小さいので時間はある。
(よし!まず周りの人たちが描き始めるまで待とう…)
周りのやり方を見てから真逆の方向性で描くことにした。
みんなは必死に描き始めているのに、
こっちはのんびりと時間をかけて用意し始めた。
いや、それにしても暑い日だった。
しかし、スペインは乾燥してるので、
あまり汗はかかない。
あ、そういえば、
今朝、ピソを出てからというもの何も食べてない。
というより、飲み物も飲んでいないのに気がついた。
スペインの日差しは日本の比ではなく、
ジリジリと皮膚が焼けて行くのがわかる。
絵を描く用意が出来ると、
今度は周りの様子を見に行った。
見回すと、
殆どの人が縦構図で描いていた。
(よし!じゃあ自分は横構図にしよう…)
そして、他の人達は道を入れた住居や古い教会、
オリーブの木を入れて大きい印象に残る建物を描いていた。
(なるほど…自分はどうしようかな…)
そこで自分は、
道もオリーブの木も一切入れずに建物は屋根だけを、
そして雲ひとつない青空を描くことにした。
しばらく描き進めてると、
なにか人の気配を感じた。
しかし、周りを見渡しても誰もいない。
そしてまたしばらく描いていると、
また人の気配がした。
(あれ?)
また誰もいない。
そんなことが数回続いた。
すると、今度は
「チーノ!チーノ!」
と声がした。
見ると、7人組の子供がこっちを見ていた。
そのうちの何人かと目が合うと、
恐る恐るこっちに近寄ってきた。
初めて東洋人を見たらしい…
衝撃を受けた顔をしていた。
きっと村からも出たことがないのだろう。
シャイでこっちが話しかけてもうつむいたままだ。
まるでこっちがスペイン人のようだった。
その7人組の子供達はそれ以降、
1時間ごとにやってくることになる。
またしばらく描いていると、
今度は10人の審査員達が廻ってきた。
「オラー!」
と声を掛けてきた。
審査員たちは、自分の描いてる絵をじっくり見て、
「すごいオリジナルな絵だよ。こんなの見たことない。いや〜独特の感性だよ。すごく面白い!」
と口々に言い始めた。
心の中で、
(もしかしたら、作戦成功で賞を取れるかもな…)
とつぶやいた。
それにしても暑い。
スペインの日中は平気で45度くらいまで上がるし、
たまに50度になることもある。
なんだか頭がフラッとしたので、
危険だと思いバルに向かった。
日陰に入ると信じられないくらい涼しく少し元気になる。
バルの冷蔵庫には冷たい飲み物がズラリと並んでいた。
(なんか飲みたいな…)
さっき、審査員の先生達の反応が良かったから、
きっと入賞は出来るだろう。
残りの100ペセタ使っても大丈夫だ。
と自分に言い聞かせ、
「コーラください!」
と言った。
バルのおじさんはコーラの栓を抜き、
縦長のグラスに注いでカウンターに置いてくれた。
うまかった。
朝から何一つ口に入れてない自分にとって、
いままで飲んだどのコーラよりもうまかった。
一杯のコーラで俄然やる気が出て、
そこからは一切休まずにキャンバスに向かった。
昼過ぎになると、
審査員の先生達が2回目の巡回にきた。
「オラー!お、さっきよりもすごくなってるよ。
いや、すごいオリジナル性が高いよ。独特の雰囲気の絵だ。素晴らしい!」
と口々に言った。
先程よりももっと好印象を持っている。
(さっきコーラ買って良かったな…)
と受賞は確定したものと確信していた。
そして、時間終了。
各々が村の教会の前まで作品を提出しに行った。
1時間ほどの審査が行われ、
再び教会の前に集まることを村の放送で知らされた。
目の前にはズラーッと全作品がイーゼルに
乗せられて重なりながら並べられていた。
圧巻の光景だ。
ヘコの店主、
おばさんが挨拶をして審査員の紹介が始まった。
そして、
運命の審査の結果の発表が始まった。
まず、3位から…
自分の名前は呼ばれなかった。
そして、
2位。
自分の名前はない。
そして…
1位の発表!
名前が聞こえる前に、
大きなどよめきが起こった。
えっ?
誰が優勝…。
一瞬わからなかったが、
目の前には金髪の中年女性にへこのおばさんから賞金が渡されてる姿が見えた。
(あ、自分はダメだったんだな…)
なんともいえない複雑な心境になった。
現実を受け入れざるを得ないのだが、
完全に自分は受賞すると確信していただけに落胆も相当なものだった。
(あ〜、これから駅まで歩くことになるんだな…)
と朝に来た道を力なく歩いた。
気がつくと辺りは薄暗くなっていた。
なんせ朝から何も食べずに、
全身全霊で絵を描いていたのだ。
1日のエネルギーはとうに使い果たしていた。
と、
その時、
「おーい!」
と走りながら声を掛けてくる男性がいた。
(あれ?なんか忘れ物でもしたかな?)
と立ち止まった。
よく見ると、
さっきの審査員の1人だった。
男性ははぁはぁ息を切らして、
「なぁ、心からのお願いがあるんだ。」
と言ってきた。
(ん…一体なんだろう?お願いって?)
と心でつぶやいた。
すると男性は、
「その絵を売って欲しいんだ!」
と言った。
「えっ!」
と咄嗟に叫ぶと、
「いま持ってる所持金を全て出すから頼む!」
と言って、
男性はポケットから所持金を出して、
しわくちゃになった札を伸ばして数え始めた。
そして、
「ほら!140000ペセタしか無かったけど…」
と見せた。
こっちとしては、渡りに船である。
呆然としている自分に、男性は
「少なくて申し訳ないのはわかる。
だけどその絵が本当に気に入ったんだ!
好きなんだ!だから頼む!」
と必死な口調で言った。
何が何なのかわからない状態の自分は
ようやく正気を取り戻し、
「もちろん、いいです!」
と言うと男性は、
「俺はこの絵に10点満点を入れたんだ。
他の審査員は何も絵の事を何もわかっちゃいない。
こんなに素晴らしい絵が優勝しないのはおかしいよ。
本来ならこの絵が今日の優勝だよ!」
と言ってくれた。
そして、
「この絵に君のサインを入れて欲しい!」
と言って来たので、
自分のサインを入れた。
すると、その男性は
「やったぁー!」
と言って飛び上がったのだ。
奇跡が起こったのだ。
それを見て自分も思わず飛び上がった。
2人で固い握手を交わし、
何故か再会を誓って別れた。
もう、歩いて帰る必要はなくなった。
手には140000ペセタがある。
当分の間、お金の心配はしなくて良いのである。
徐々に嬉しさが込み上がってくると、
今度は笑いが止まらなくなった。
人生、何が起こるかわからない。
本当にわからない。
一瞬で全てが変わる。
お互いがまるで子供のように飛び上がってまで喜ぶような体験を、
まさか自分の絵を売ることで経験するとは夢にも思わなかった。
何か、
また自分の中の新たな扉が開く音がした。
つづく
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