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そんな毎日を過ごしながら、
徐々に弾けるものが増えては行ったが、
相変わらずアンプ無しの生音での演奏を繰り返していた。
そんな状態なので、
投げ銭も多い時でも500ペセタ程度…
頑張って弾いてはいるのだが、
通りがかりの人にほとんど音が届かないのである。
あのアレキサンダーのように
山盛りの100ペセタを目指すにはやはり、
音量を上げることが必要なことはわかっていた。
そんなある日のこと、
「アルカラ通り」を歩いていると
聞き覚えのある音色が聞こえてきた。
アルゼンチンのギタリスト
「イグナシオ」だ。
彼の音色の美しさはマドリッドの中で一番だと思う。
アレキサンダーよりも美しく透き通った音色で遠くまでよく響く。
久しぶりに近寄って話しかけに行った。
「その音はどういう構造で出てるの?」
と訊ねると、
イグナシオは
「とりあえず、どんな感じの音がするか弾いてみなよ!」
と言って自分のギターを手渡した。
ブリッジの部分に自分のギターにはない
部品が付いてるのに気がついた。
自分のギターよりも遥かに軽い。
そして、ゆっくりと弾いてみた。
一瞬、
イグナシオとの音色の違いに愕然としながらも弾き続けてみた。
確かにクリアで、綺麗な音がする。
ギターのせいもあるだろうが、機材もきっといいんだろう。
イグナシオがニコッと笑って、
「バルに行こう!」
と言ってギターを片付けた。
とにかくコーヒーが好きらしい…
イグナシオはコーヒーを飲みながら、
ブリッジに付いている金色に輝く物を見せながら言った。
「これが一番大事なんだよ。
パスティージャと言うんだけど、ここが安物だと綺麗な音は鳴らないんだ。」
(そうなんだ…こんなに小さいのに)
「スピーカーとかはどうなの?」
と質問すると、
「アンプに関しては、外に持っていけるタイプならなんでもいいと思うよ。
大きさによって音量は変わるけどね。自分の使ってるものは60000ペセタ
もするからこれを買うのは大変だと思うけど…」
(60000か…それは無理だな)
「じゃあ、このパスティージャはいくらするの?」
と訊ねると
「30000ペセタだよ。結構高いんだよ。」
と言ってしばらくの間、黙って考えごとをしていた。
そして、イグナシオはこう言った。
「実は、いま新型のパスティージャが発売されて、
買おうかどうしようか迷ってるんだ。
もし君にこれを譲れたらそれを買おうと思うんだけど、
このパスティージャが欲しいかい?」
(30000ペセタのパスティージャ…一体いくらで買えるんだろう?)
と内心思いながら
「いくらで売ってくれるの?」
と訊いてみた。
すると、
イグナシオは
「10000ペセタでどうだい?」
と言ってきた。
「えっ!」
何も迷うことはない、
「買うよ!いまお金はないけど、数日間待って。」
と言って売ってもらうことにした。
その後は、言うまでもなく
アンプとシールド、そしてバッテリーを徐々に揃えて行った。
全て合わせて30000ペセタの
当時の自分にとっては相当な大出費だったが、これでもう怖いものはない!
と言わんばかりにトンネル以外にもどんどん演奏しに出かけた。
音量が増えると収入が一気に跳ね上がった。
札が入ることもあり、
中には5000ペセタを入れてくれる人まで現れた。(一回だけだが…)
そんな快進撃が続くある日のこと、
レティーロ公園で、
ある人物と出会うことになる。
その男の名は
「ラモン」
(正式にはラモン・マルティン・ナーロ)
金髪で細身、
そして体のそこら中に刺青が入っていた。
そんな、いかにも悪そうな風貌のラモンが
自分に話しかけてきた。
「なぁ、ギターってそんな風に弾いても
ちっとも面白くない。まるでロボットだな。」
藪から棒すぎて何を言われてるのか分からなかったが、
一瞬、ムッとした。
そして、しばらくの間はギターを抱えながら話した。
その中で、
ラモンは半年くらい前に刑務所から出てきたばかりで、
両親に世話になりながら、今は仕事をしてなくて毎日ぶらぶらしているといった。
昔はコカインやヘロインなど薬物中毒で
薬物を買うために宝石泥棒やスリをやって何回も警察に捕まったらしい。
両親は2人ともエストレマドゥーラ出身で、
昔に、大洪水の被害があった時にマドリッドへ逃げてきたらしい。
そして、マドリッド郊外のバラックに住みつき、
ラモンもそこで育ったようだった。
真冬のマドリッドは寒く、
しかもバラック生活で中には
すきま風が入ってくるのが本当に生活がキツかったそうだ。
お姉さんはキチガイで極悪だといい、
弟は薬物中毒で死んだと言っていた。
育った場所は「エントレビアス」というスラム街。
ジプシーが数多く住んでいる地区だ。
因みに、ジプシーと同じ生活をしている
スペイン人のことを『キンキ』と言う。
そこにいるとみんなドラッグに嵌められ、
薬欲しさに強盗をし始めると言っていた。
その中で、ラモンは「エイズ」に感染したと言った。
自らエイズに感染している事を話したのは、
ラモンが人生で初めてだった。
動揺したが、
何もなかったように振る舞った。
ラモンは刑務所の中で、
薬を完全に辞めれるまで、
3年間も掛かり地獄の日々だったと言った。
昔はずっとギタリストとして
セビジャーナスやルンバを弾いて
スペイン全土を周りながら生活していたらしい…。
今もギターを弾きたいが、
ギターは持ってないと言っていた。
話がひと段落したところで…
ラモンは自分のギターを貸してくれと言ってきた。
昔ギタリストとして生きていたという
ラモンのギターを生で聞けるのか!と内心そんな気持ちが湧き起こった。
ギターを手渡すと、ラモンは
「安物だな…このギタリージャは…」
と余計なことを言いながら…弾き始めた。
その瞬間、
衝撃が走った。
ルンバを弾いたのだが、
この自分が踊りだしたくなったのだ。
(何という躍動感なんだろう…)
聴いてるだけで、
これまで起こった嫌なこと全てを
吹き飛ばしてしまうようなギターだった。
ひとり…ふたり…と、
通りがかりの人達がどんどんラモンの周りに集まり、
まるで祭のような人だかりが出来始めた。
(自分が弾いていた時とえらい違いだな…)
と内心思いつつも、
同時に、話題の中心にいる気分の良さも味わっていた。
続けてラモンは自分が奏でるギターに乗せて、
今度は歌を歌い出した。
…
瞬間的に鳥肌が立った…
まるでラモンの人生が見えるような、
切ない歌だった。
周りの人達達から声が掛かった。
「オレー!」
ラモンの音楽を囲んで
周りのみんなが心から喜んでいた。
その瞬間、自分は「あの時」のことを思い出していた。
『トマティートのライブ』である。
一瞬にしてラモンと
友達になりたいと思った自分は、
「また明日もここに来るか?」
と訊いた、
するとラモンは、
「多分…。まぁわからんけど。」
と答えた。
いかにもスペイン人らしい答えだ…
どうしてもまた会いたい自分は続けてこう言った。
「また、俺のギターで遊ぼうよ!ここで待ってるよ!」
するとキョトンとした顔で
「当たり前やろ!」
と言ってラモンは去っていった。
ラモンはギター持ってないから
家で練習をしてるわけはない。
なのに、いきなり弾いてあんなに凄いなんて…
ギターと歌とで周りをどんどん自分の世界へと巻き込んで行く…
スペインの音楽の底力を思い知った。
それにしても、
あんなに凄いギターを弾く奴が、
今は仕事をせずに家でプラプラしている…
それが普通の事なのか
普通じゃないのかは全く分からない。
が、今まで見た、どのストリートミュージシャンよりも
遥かに人を惹きつける魅力を持ったギタリストなのは間違いない。
(この国でギタリストとして生きていくのは
とんでもないことなんだな…)
また何かを授かった1日となった。
そして、この後ラモンとは帰国するまで
1番の親友として関係が続くことになる。
つづく
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